記憶を担保するメモなら要らないよね

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どうも!

中卒宅建講師の柳井です!

今回はメモについて


やたら何でもメモとらないと気が済まない人いますよね

どんなことに関しても沢山メモをとるイコール熱心に取り組んでいると受け取られることが多いので、そうしてる人も多いのかもしれません

私の中学の担任で社会科の教師は黒板に書いたことをノートに複写させてそれを提出させることで成績を決めてました(^_^;)

ノートに黒板を複写して提出したら五段階評価の3以上確定

ノートを提出しなければ定期テストで毎回90点以上でも2以下確定

で結局その中学教師はこんな馬鹿げた教育方針を続けて教頭とかまで上り詰めたらしいので、まあ日本の教育なんかその程度なんですよ

普通に考えてノート書かないで点数取れる方が凄くないか?

この理論は全くもって馬の耳に念仏でしたが、こういう奴本当に多いよ(´・ω・`)


とある方は今正しいことを言えているのに、それが書いた自作のノートの記述を探していました。

勉強方法なんか人それぞれですからノートにまとめて勉強することは悪いとは思いませんよ

でもそのノートのメモ書きが記憶を担保するものになるのはダメだと思います。

覚えておかなくてはならないことをメモしておくと一生覚えられません(^_^;)

楽譜の暗譜と同じで楽譜を見ながら何回弾いても暗譜は出来ません

もちろん実際は練習を繰り返すことによってある程度覚えてますけど、その覚えたことを思い出すきっかけが譜面台の楽譜になってしまうのです。

しかしながら、私もメモをすることはあります

絶対忘れることはメモしないと忘れますから必ずメモに残すようにしています。

1番多いのがアイディア系で、ブログの記事のネタとか新しいブログの題材とか

思いつきに過ぎない記憶はそこに何も無かったかのように忘れ去られますから、必ずメモに残しておきます(^_^)

先述した中学のくだり同様、仕事の研修でもメモしてないとやる気無いみたいな見られ方することは多いのですが、だったらメモで追加しないと不足が有る様な資料作ってくるなと思いますよまったく(^_^;)

クラシック音楽の世界でも大昔だとソリストが暗譜して演奏することは作曲家に対して傲慢な行為だとされたみたいな話を聞いたことがあります。

楽譜をよく見て演奏すること

教えをメモにとること

姿勢という面での印象だったら、私は暗譜するくらい練習してくれた方が嬉しいし、メモなんかとらずに話をしっかり聞いてくれた方が嬉しいと思いますけど、一般的な思考は違うのかな

後になって読めない様な汚い字でメモしてる人いますけど、あれならメモしないで話を聞いておけという感じはしますが、たとえそれが読めないメモであってもメモをとっているという行為がヤル気の証になる?


アホかと(−_−;)


メモ書きが大量に必要な講義なら、本にでもして渡せよ(´・ω・`)

話聞いててメモしなくて良いの?みたいな言い方する人も居ますけど、だったらメモに書いて渡せよ


私が中学の教師で当時の担任と同じ内容の社会科の授業やるとしたら

例の黒板に書いてる内容は最初に印刷して配って、あとは雑談だけして終わります。

それで授業内容としては何も変わらないですし、むしろ雑談の方が生徒も楽しい時間が過ごせるでしょう

人間の脳は約1000TBの容量があると言われています。

フルに使おうぜ(´・ω・`)

皆さんもメモを担保に退化しそうな知り合いがいたら、メモなりノートを隠すか捨ててあげましょう

もう一回作り直すかもしれませんが、さすがに2回も書いたら半分は覚えるでしょう…


依頼や諸々の連絡はこちらへ→syoabe@syoabe.com

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